2008年 日本教育カウンセリング学会 第6回研究発表大会 口頭発表資料

気持ちを言葉で伝え合える学級経営への支援

江川 律子(妙高市立新井南小学校 養護教諭)

1 問題と目的

 過去の執務の中で、筆者は幾人かの不登校・保健室登校・保健室頻回訪問する児童と関わった。それら児童のもつ問題には、級友との関係づくりに1因があると思える事例が多々あると感じていた。そしてそれらは、自分の気持ちを言葉で表現する力を育てれば、予防できるのではないかと考え、かつ願い続けていた。

 筆者が勤務する学校の学級担任の一人は、人との関わりがうまくいかない1〜2人の児童と、他の児童とのトラブルの解決と未然防止策に苦慮していた。そして、子どもたちの「言葉によるよりよい人間関係づくり」を学級経営の基盤に据えたいと願っていた。また、昨年度の当校における校内研究の主題の重点課題は、「国語科での伝え合う力を育てるための指導過程の工夫」であった。当校全校児童は、一つの保育園から入学してくる。そのため、固定化されている人間関係をどう打ち破るかが課題でもある。

 そこで筆者は、浅野(2007)が提唱する、通称「対話法」の原則「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」を紹介した。なお、対話法では、この確認のことを確認型応答と呼んでいる。これはカウンセリングの傾聴技法を簡略化したスキルの一種で、コミュニケーションのルールであり、テクニックでもある。確認型応答には、安心・安全な雰囲気が即座に醸し出され、信頼関係が構築される効果がある。そのため、安心して本音で自分の考えや気持ちを表明できるのである。また、誤解と思い込みによるコミュニケーションエラーを解消し、予防できるのである。このことが、学級内のよりよい人間関係づくりに役立ち、養護教諭のもつ専門性を生かす支援となるであろうと考えた。ここでのコミュニケーションとは、言葉を通して、それぞれの考えや気持ちを互いに認め合い、尊重し合いながら交流することと捉えている。

 このルールを導入し、確認型応答を使って児童同士が伝え合うことができるようにする習得トレーニングを提案し、要請のあった学級から試みた。本研究は、その効果を確かめることを目的とした。

2 方法

 (1)対象者

  1学年1学級の全校101人。A〜Fクラスとする。

 (2)期間

  2007年6月上旬〜2008年7月下旬。

 (3)測定器具

  QUアンケート(河村):Aクラスは3回実施。B〜Fクラスは1回実施。

 (4)習得トレーニング方法

 職員が対話法と確認型応答についての理解を得るため、筆者が講師となり職員研修を実施した。

 その後、児童を対象に、「気持ちのよい受け答えについて知る」を主題に、道徳の時間に紹介した。人は様々な気持ちを味わい、それを表現する数々言葉があることに気づかせた。児童の語彙を増やすため、ブレインストーミングの手法を用いて、いくつかの段階を踏んだ。また、自分の言いたいことを言葉にしにくい児童のために、筆者が過去に行った研究(江川,2007)を参考にして、図工の時間に、新聞紙コラージュを取り入れ、繰り返しトレーニングができる時間を確保した。

 学校内でのこれらの取組を保護者に紹介するため、学級通信に例文を載せ、家庭内での親子によるロールプレイの実施を依頼し、フリー参観日の体験学習会に備えてもらうようにした。

 Aクラスでは、毎朝のスピーチタイムをトレーニングにあてた。担任から与えられたテーマで発表し、必ず確認型応答を使って受け答えしてから、次に自分の感想・意見を伝えることをルールとした。これは、対話法の原則に則り、話す・聞くの伝え合いの時間とするためである。参加者全員が、実体験から実感として理解できるように、話し手・聞き手と役割のある例文を用いて読み合わせる。ついで日常の話題で伝え合い、どう感じたかを振り返り分かち合う参加型の学習形態とした。

 特にAクラスについて、筆者はトレーニングの時間に教室へ出向き、担任と共に児童の姿を賞賛激励するように務めた。同時に担任へ次の点について助言した。

・活動を児童任せにしないで、発表した児童に対して担任も確認型応答で受け答えする。

・肯定的な感想、改善点をコメントとして伝える。

・児童が自分の思いを言葉にするまで待つ姿勢が大切。つまり、無理強いせずに進めた方がよい。

・落ち着きを無くすことで発生する児童間のトラブルには、確認型応答を使って即座に対処する。

・与えるテーマは、次第に深い心情に触れる内容にする。また、守秘義務に配慮しつつ、怒り・不安など、陰の響きの話題も取り入れる必要がある。

3 結果

(1) Aクラス

○QUアンケートの結果

 22人のうち学級生活満足群にいる児童は2007年12月7人、3月7人、2008年6月13人であった。毎回、児童全員が「自分の話を聞いてもらえる」と答えていた。

○担任からの報告

 「クラスの中で、トラブルが起きた時、双方の言いたいことと気持ちを確認型応答で汲み取る行為が増えた。そのことで自分も児童も、思い込みと誤解があることに気づいた。また、仲裁のため、周りにいる児童が確認型応答を使うように促し始め、児童を認め、賞賛しようとする自分(担任)の意識が強まった」「『あったらいいな、こんなもの』と題する国語科の授業の伝え合いの場面で、対話法と確認型応答を導入しようと思う」と報告を受けた。筆者はその授業で、児童が3人ずつの小グループで、安心感に満ち、明るく活発に本音を伝え合う姿を観た。

○その他の変化

 こだわりが強く、人との関わりがうまくいかなかった児童は、担任の指示・指導が素直に受け入れられるようになり、大声で泣き叫び収集がつかなくなる姿が消えた。また、児童同士が話し合う「お悩み相談」を自主的に開設する動きが現れ、児童の聞く姿勢と態度の育ちが観られた。

(2) B〜Fクラス

 指導主事支援訪問時に、上述の国語科の授業が公開され、授業への対話法と確認型応答の導入について校内での関心が高まった。筆者がBクラスの話し合い活動へ出向いたところ、担任から次のような感想が寄せられた。

 「養護教諭は、前向きで肯定的な確認型応答で児童の発言に受け答えをした。そのため、児童は、発言と共に級友の中でより深く認められたようである。その場にいて、自分(担任)の児童の観方に変化が起こり、先入観を置いて確認型応答を使う良さを実感した。また、すでに発言力がある児童が進行役になって確認型応答で受け止めると、発言する意欲の弱い児童も安心して発言できるようになった。それまでの精神力動関係に左右されないで、議題に沿った話し合いが成立した。出た結論は、メンバー全員が納得した満足感のあるものとなった」

4 考察

 対話法と確認型応答の習得をめざした傾聴トレーニングの導入により、学校生活の満足度を高めることができた。また、児童のもっているこだわりを弱めることができ、学級に適応しやすくなった。更に担任と児童、児童間の信頼関係が持続し、安全感に満ちた雰囲気のなかで、言葉による本音での関わりあいが持続することがわかった。これらは、対話法と確認型応答自体の効果に加え、担任が確認型応答を意識することで、児童の観取り方がより肯定的なものへと変化したことによる効果でもあると考える。このことから、タイミングを捉えながらの、対話法と確認型応答を使った伝え・分かち合いは、いじめ・不登校問題の予防策にもなると考える。児童自らが対話法と確認型応答を意識して使えるよう、無理のないトレーニングを今後も続けたい。

引用・参考文献

浅野良雄(2007)「傾聴訓練が高校生の孤独感と学校生活満足度に及ぼす効果」ヘルスサイエンス研究,第11巻1号

江川律子(2007)「養護教諭の職務の特質と保健室の機能を生かした健康教育への取組-担任と連携を図りながら、児童の自己表現力を身につけさせる活動の試み-」研究収録「耀き」平成18年度第28号,新潟県養護教員研究協議会

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