学校教育における〈対話法〉の実践

−養護教諭の職務の特質や保健室の機能を生かした健康相談活動への適用−

The Practice of the “Dialog Method” in School Education

新潟県上越市立高士小学校 江川律子

要約
 身体症状を訴える児童の中には、内面的な心の問題を併せもっている児童が多いことを、養護教諭としての日常の執務の中で感じている。そして、児童が困った時、辛い思いのある時に、相談窓口として気軽に利用できる保健室経営をめざしている。また、学校の教育活動全体のいろいろな場面において、児童への直接的な援助だけでなく、学級担任や保護者とも、情報交換の話し合いをためらいなくできるような関係づくりに努めている。そこで、上述のような児童に対応し、養護教諭としての役割を果たすために、〈対話法〉を取り入れた。その結果、〈対話法〉は手軽に使える技法というだけでなく、児童や関係者との信頼関係づくりに有効であり、その後の行動変容も認められることがわかった。

キーワード:学校、保健室、養護教諭、相談、カウンセリング、対話法、傾聴


はじめに

 〈対話法〉は、カウンセリングの傾聴技法の重要部分だけを取り上げており、単純で習得し易く、なおかつ効果的な技法であることが経験的にわかっている。〈対話法〉については、発案者の浅野により、『ヘルスサイエンス研究』創刊号ほかに詳しく紹介されている。
 近年、器質的な疾患による身体症状よりも、学校内における対人関係の歪みや、学校での成績をめぐる親子間のトラブルなどに起因する心因性の身体症状による保健室利用が増加している。養護教諭には、これらの症状の軽減または消失に全力を傾ける役割がある。つまり、症状に伴う保健室頻回利用や、不登校などの行動が解消されるまで、保護者や学級担任などと連携し、時には支援しながら、寄り添うのである。
 学校保健法は、第11条で健康相談、第19条では、そのことを行なう場所である保健室について規定している。また、学校教育法第28条には、そのための専門教員として養護教諭を置かなければならないとある。さらに、新潟県教育関係法令研究会の、平成16年度版『学校の管理運営』では、養護教諭の職務として、(1)養護教諭の職務の特質や保健室の機能を生かした健康相談活動、(2)校内の教職員及び校外の専門家や専門機関との連携が挙げられており、心身の健康観察、問題の背景の分析、解決のための支援の必要性が具体的に補足されている。
 ところで、一般に、児童の心因性の身体症状は比較的軽微であることが多い。そこで、養護教諭として、まずは、腹痛・頭痛・四肢の痛み・吐き気などを訴える児童の状態を推測しながら、休養や痛む患部の手当などの対応をすることになる。また、外見からは、身体症状を起こさせている感情の明瞭化は難しいため、筆者が〈対話法〉を知るまでは、児童が自分の感情を自然と言葉にできるまで待つことが多かった。  しかし、〈対話法〉を知ってからは、対応が違ってきた。たとえば、児童が体調不良を訴えて保健室へ来室した時、手厚い看護と共に、症状や苦痛が心因性かどうかについて、ある程度の推測・診断を下して対応し、言葉による関りへと進める。ここで、〈対話法〉の原則である、「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を相手に言葉で確かめる」を使うのである。つまり、児童が体調を崩すまで無意識に閉じ込めている気持ちについて、感情の明瞭化をはかるよう努めるのである。このように、身体症状が出現した時に、学校生活などの何が関与しているのかという背景を思い描き、どのような気持ちがしているのか想像し、言葉かけにより児童の感情の明瞭化を図る。この行為は、〈対話法〉の確認行為そのものである。  さらに、日常の学校生活の中で、〈対話法〉を使って児童との信頼関係を構築しつつ、保健室来室時の対応が効果的に進められるよう、普段から備えてもいる。  ここでは、2003年3月から2004年7月までの間に〈対話法〉を使って関った主な場面と普及活動について報告する。


1.場面の紹介

場面1:心因性の腹痛の訴えへの対応

 5月末に開かれる運動会の民謡を全校児童で練習する時間が計画された。その練習が行なわれる1校時前に、中学年女子が腹痛を訴えて来室。検温や問診をし、痛みに寄り添いながら、心因性の腹痛との見方をしてみた。4月から他県より転入した児童である。慣れない土地で、地元の民謡の練習に向かう不安があるのかも知れないと筆者は想像した。ここが〈対話法〉の使いどころと判断し、「はじめての民謡がうまく踊れるか心配なんだね」と、児童が話していない部分を言葉にして確かめると、かすかにうなずきがあった。さらに、「いま私(筆者)が言ったことは、『うん、そうそう』と言いたかったということかな?」と確認すると、うなずいた。「言いたいことが合っていたということだね」と筆者は伝え、その後は静かに休養するように勧め、観察を続けた。次の校時には腹痛は消えていたので、「無理でなかったら、練習を見に行こう」と誘った。体育館で一緒に練習を見学。その後、級友に囲まれていたので筆者は離れた。この対応について、担任に情報として伝えた。その後の来室はない。

場面2:母親と離れられない児童への対応

 朝、低学年の女子が大声で泣き叫び、担任に手を引かれて来室した。玄関で母親と離れることがうまくいかない児童だということがわかった。担任に依頼され、一緒にいることになった。しばらく体をドアや床にぶつけて泣き叫ぶうちに、女児が外へ飛び出しそうな不安と怖れが筆者の中に生まれ、同時に、〈対話法〉を使うことが浮かんだ。この子の今の気持ちを考えて、「おうちに帰りたいんだね」「お母さんの所に行きたいんだね」と確認を伝えた。その後、その時筆者の言いたかった「お願いだから、外に飛び出すようなことは、危ないから止めてね」を伝えた。大声で泣き叫ぶことは変らずに続いたが、その後、「おうちに帰りたい」が、この子自身の言葉として、泣きながら発せられた。数回の繰り返しの確認後、「でもだめなの。お母さんはお仕事」と筆者は伝えた。泣き叫び続けて3〜40分後、「教室へ行く。〇〇先生の所へ行く」に変化したので、泣くのを止めて静かに教室へ行くことを女児と約束して保健室を出た。教室の入り口まで手をつないで行った。女児は自分から手を離して教室に入った。これらの対応も、担任に情報として伝えた。担任は保護者と連絡を取り合った。翌日は、担任が保健室でこの児童を母から受け取り、手をつないで教室へ行った。次の日、女児は保健室へ寄らずに教室へ行った。この段階で筆者は上越教育事務所の指導主事の助言を受けた。この児童は、しだいに母から離れられるようになっていった。

場面3:友人とのトラブルから駆け込んで来室した児童への対応

 高学年女子がいきなり保健室へ飛び込んできた。以前より、友人間のトラブルで、ときどき辛い思いを味わっている児童である。この児童は、筆者を信頼している母親から、「辛い時は保健室に行き、相談するように」と言われていた。仲間はずしにされた寂しさ・悲しさ・腹立ちを、〈対話法〉で確認した。確認が伝えられると、うなずきながら泣き始めた。静かに肩を抱き、しばらく一緒に腰掛けていた。この状態を担任に報告し、児童には落ち着くまで休養を勧めた。その後教室まで一緒に行った。担任が教室から出て来て引き継ぎ、後から、学級の問題として取り上げ、指導を試みているとの報告があった。この児童は、昼休みに、元気に給食も食べたと報告しながら本を読みに来室した。その後の観察では、級友に囲まれ表情も明るかった。担任は保護者とも連絡を取り合った。

場面4:保健室での何気ないつぶやきへの対応

 保健室には、ときどき、特別な理由もなく来室する児童がいる。その話を聞くことも養護教諭の役割である。

1)視力低下の心配を訴えてきた女児

 ときどきふらりとやって来る高学年女子から、「目が良くなる食べ物は何?」と質問を受けた。「視力が落ちているから、なんとかならないかなぁと思っているの?」と、〈対話法〉の確認の質問で受け止めたら、女児がうなずいた。その後、「学校での検査は大まかな検査であるから、医師の精密検査を受けないと、視力が低下しているとは、はっきりと言えない」と筆者は伝えた。

2)アレルギー性鼻炎から鼻水が止まらない男児

 ある日、たびたび鼻をかみにやってくる高学年男子が、「鼻が出て授業にならない」とつぶやいたが、何を言おうとしているのかわからないので、「むずむずして落ち着いて勉強できなくて困っているんだね」と、〈対話法〉で言葉を補って確認してみた。男児が、「そうそう。先生、けがの手当だけじゃなくて、薬剤師になって、薬もくれればいいのに」と言うので、筆者が、「すぐに鼻水を止めたいんだね」と言うと、「そうそう、行くわ」と教室へ行った。

場面5:教務室や保健室で、応急手当にまつわる他の職員からの相談に対応

1) 趣旨がすぐにはつかめない訴え

 昼の休憩時、低学年の担任が筆者に、「学級の女子児童の鼻に、投げられた物が当たり、鼻血が出た。今は出血は止まっているし、腫れてもいない。保護者への連絡が必要だとは思うけど、当たった物は木のころのようでもあるけれど、何が当たったか、はっきりしない」と話しかけてきた。〈対話法〉で確認すると、担任は、家庭連絡を取る際に、保護者へどう伝えたらよいか迷っていることがわかった。

2)止まりにくい多めの鼻出血が不安な担任

児童の手当終了後、低学年担任が、「この子は、数日前に顔面をぶつけ、鼻血が出た。今日もまた出血。なかなか止まらない」と話した。〈対話法〉で確認すると、担任は、顔面打撲の際に児童の顔の中に何か起きているのではないか不安を感じていることがわかった。

場面6:生徒指導部会及び生徒指導面の相談に対応

 筆者が勤務する学校内で養護教諭の職務の理解が深まり、生徒指導部会のメンバーに加えられた。

1)建設的な話し合いを求められる生徒指導部会の場

 生徒指導部会のとき、高学年A男の今後の対応について、担任案と筆者の提案とにくい違いが生じた。対立を避け、折衷案を探すために、〈対話法〉で担任の考えを受け取った。その後、場が和み、穏やかな話し合いとなり、情報交換がし易くなった。


2)新しい勤務校で児童の様子を深く知りたい担任

 養護教諭は、その学校での在勤中、全校児童を同一視点で継続観察しているため、担任だけでは把握しにくい情報を提供することができる。  昼休みに、転任間もない中学年担任が、一人の児童への関り方の助言を求めて保健室に来室。困っている気持ちを〈対話法〉で確認したあと、具体的な声かけの方法を担任に提案した。その後、担任は、その子をおんぶして関係回復の報告に来室し、この児童の保護者との話し合いのもっていきかたの助言を求められた。担任の考えを〈対話法〉で確認しながら受け取ったあと、関り方の提案と、前年度までの児童についての情報を伝えた。これらのアドバイスを担任に聞き入れてもらえた手応えがあった。

3) 地域の専門機関についての話し合いと紹介

 高学年女子の保護者が、我が子が友人と積極的に会話して関ろうしないという不安を担任に伝えるために来校した。専門機関を紹介してほしいとの依頼があり、校長室での話し合いに、管理職や担任と一緒に筆者も同席した。専門機関に頼りたい気持ちを、〈対話法〉を使って確認しながら受け止めた。その後、ある専門機関を紹介した。後日、保護者は専門機関へは行かずに様子をみることになったと、担任から報告を受けた。

2.他への〈対話法〉の紹介

 〈対話法〉の使い易さと、使ってみての児童への効果を実感し、この技法を他の人々にもぜひ広めたいと考えた。

1)受け持ちの学級の児童との関り方を探る担任

 学級経営に行き詰まって苦しんでいる担任の話を〈対話法〉で積極的に聞きつつ、助言しながら関った。後日、この担任に〈対話法〉を紹介したところ、〈対話法〉を短期間で習得し、自己表現力が未熟なため友人間の喧嘩が絶えない児童のトラブル仲裁に役立てている。その後、〈対話法〉の勉強会を地域で一緒に主催することを依頼し、受け容れてもらえた。現在、〈対話法〉のより深い理解と他への普及のために、一緒に活動している。この担任が〈対話法〉を知ってから1年半を経過する今、「自分の学級経営は〈対話法〉なしでは考えられない」と語っている。

2)自分の思いや考えをうまく言えない男児の保護者

 先の1)で述べた児童の保護者に〈対話法〉を紹介し、勉強会への参加を呼びかけると、積極的な参加が4〜5回あった。その後、家庭での親子の対話に実践しているとの報告を受けた。学校でも自分の思いを表現できる場面が増えていると筆者も観察している。問題となるいくつかの行動も減少した。

3)学校職員(用務員・給食調理員を含む)を対象とした研修

 応用範囲の広い〈対話法〉をいろいろな人に紹介しようと思い、〈対話法〉を練習するための職員研修の実施を管理職や研究主任に依頼した。冬季休業中に設定してもらい、実施することができた。その後も、練習を希望する職員と時間を調整して保健室で練習会を実施しており、実績ができつつある。この練習会は、児童についての情報交換が本音でできる場としても好評である。  担任が〈対話法〉の原則を使うと、児童の反応が驚くほど素直になり、確認を受けた児童はもちろん、その場にいた他の児童たちも優しい言葉をかけ合うようになったとの感想が寄せられている。  今年度は、2学期からの児童との関りに生かすために、筆者のファシリテートによる練習会を夏季休業後半に実施する予定である。これは、従来行なわれていた生徒指導のカウンセリング研修に替わるものである。

4)児童との〈対話法〉の練習

 児童も〈対話法〉を使えるようになることを目指して、「おしゃべりクラブ」という名称のクラブ(週1回、60分、計7回)を開設した。スタート時は、やや学年の上下にこだわりがあり、ぎこちなさもあったが、回が進むにつれて〈対話法〉が使えるようになり、最後は打ち解けておしゃべりができるようになった。中学校での友達作りに生かしたいと語る6年生女子もいた。

3.まとめ

 〈対話法〉は、従来からあるカウンセリングと違って、想像や推測での応答が推奨されているので、自分の気持ちを適切に表現できない、あるいは沈黙している児童に対しても、気軽に声かけができる。そのため、短時間のうちに児童の状況把握ができるので、心因性の可能性が高い症状が軽減、あるいは消失し易く、次の対応(手当てやアドバイス)も、より有効になる。  また、〈対話法〉は、カウンセリングほど気持ちを構えなくても聞く体勢に入り易いため、応用範囲が広い。そのため、養護教諭が担任や保護者などの援助者に〈対話法〉を紹介することが、児童への自律的な援助にも役立つのである。
 地域・家庭・学校に〈対話法〉が普及して、より良い聞き手が増えることにより、児童の感情表現力が育成され、人との関り方、つまりコミュニケーション能力が育つことを願っている。

参考文献

浅野良雄:ヘルスサイエンス研究、創刊号、カウンセリングにおける〈対話法〉
  
の適用事例、ぐんまカウンセリング研究会、p7-13、1997
浅野良雄・妹尾信孝:輝いて生きる、文芸社、2000
杉浦守邦:健康教室、臨時増刊・別冊「ヘルス・カウンセリングの進め方1・2」
  
、東山書房、1992
新潟県教育関係法令研究会:学校の管理運営・平成16年度版、2004
保健室相談活動調査委員会:保健室における相談活動の手引き、財団法人日本学
  
校保健会、1995


「ヘルスサイエンス研究」第8巻1号(ISSN 1343-3393)
(2004年10月25日、ぐんまカウンセリング研究会発行)から抜粋

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